大阪地方裁判所 昭和45年(ヨ)998号 判決 1971年8月16日
申請人
中川健二
代理人
松本健男
同
岡田義雄
被申請人
日本電信電話公社
右代表者
米沢滋
右指定代理人
上野至
外五名
主文
被申請人が申請人に対してなした昭和四五年三月二〇日付採用内定取消の意思表示はその効力を仮に停止する。
被申請人は申請人に対し昭和四五年四月一日以降本案判決確定に至るまで毎月末日限り一カ月金二万六、〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え。
訴訟費用は被申請人の負担とする。
事実《省略》
理由
一、申請人と公社との間において成立した契約について
(一) 事実関係
1 申請人が昭和四三年三月大阪府立箕面高等学校を卒業し、同年四月から同府立茨木工業高等学校定時制の事務職員として雇用されていたが、昭和四四年六月末日同校を退職し、同年八月公社近畿電通局の社員公募に応じ、同年九月七日第一次試験としての適性検査、一般教養筆記試験、作文の各試験を受け、翌八日これに合格し、同月二六日第二次試験としての面接試問、健康診断を受け、その際公社に対し出身高校の卒業証明書、同成績証明書、戸籍抄本、健康診断書を提出し、同年一〇月上旬身元調査があり、同年一一月一〇日頃公社から同月八日付の採用通知を受けたこと。そして右通知は近畿電通局長名義を以て申請人に対してなされたもので、その内容は、(1)昭和四五年四月一日付で採用すること、(2)大阪北地区管理部に仮に配置し別途管内の通勤可能な局所に正式に配置すること、(3)採用職種は機械職とし身分は見習社員とすること、(4)入社前に再度健康診断を行ない異常があれば採用を取消すことがあること等であり、また公社の発行した社員募集案内によると採用後の給与として高校卒男女とも一カ月金二万六、〇〇〇円程度と記載されていたこと、等の事実はいずれも当事者間に争いがない。
2 <証拠>によると、近畿電通局長は前記採用通知に同封して申請人に対し「貸与被服の号型調査について」と題する書面を送付して来たので、申請人は同書面に記載してある注意書に則り期限までに同局長あてに被服号型報告表を送付した事実を認めることができる。そして同局大阪北地区管理部長が昭和四五年元旦に申請人に対し入社の歓迎を内容とする年賀状を出したこと、同年二月上旬申請人に対し入社懇談会への案内状を出したので、申請人は同年三月四日大阪市中央公会堂で開かれた同会に出席し、約四〇〇名の出席者とともに公社の事業内容等の説明を受け、同日午後同局医務室において健康診断を受け、その後他の二名とともに特に別室で面接が行なわれたこと、更に同部長が同月中旬申請人に対し池田電報電話局について職場見学をさせたこと等の事実はいずれも当事者間に争いがなく、<証拠>によると、右職場見学は同部長から同年二月三日付で申請人に対し前記入社懇談会への案内に同封して郵送されて来た同部管内の機関長にあてた依頼に基づいてなされたもので入社前教育の一環として行なわれた事実を認めることができる。
3 また、<証拠>によると、近畿電通局長は申請人に対し前記のとおり採用通知を出すに際し、その書面中に「もし入社を辞退されるような場合は、すみやかに当局職員課または採用局所庶務課あてに書面でご連絡願います。」旨の記載をなし、少なくとも右通知の段階においてはこれによつて申請人を何ら拘束しようとするものではなく、なお申請人に対し応否を選択する余地を与えている事実を認めることができ、更に、<証拠>によると、公社が見習社員(職員に採用されることを予定して雇用される者)を雇用するについては「準職員の雇用等に関する取扱について」と題する職員局長の通達に基づいてこれを行なうこととなつており、右通達によると準職員に雇用することが決定した者に対しては、就業規則その他必要と認める公社の諸規定を提示し、これを説明のうえ誓約書、身元保証書、戸籍謄本または抄本、その他必要な書類を提出させ、辞令書を交付するものとする旨定められているところ、<証拠>によると、近畿電通局長は昭和四四年一一月八日申請人に対し採用通知を出すに際し、右通知書に身元保証書および誓約書の各用紙を同封し、所定事項を記入したうえ別途通知する懇談会場にこれを持参するように求めており、その限度において前記採用手続が行なわれているが、申請人は右懇談会に出席するに際しこれら書類の持参を怠つており、また公社も申請人に対する就業規則その他公社の諸規定の提示説明および辞令書の交付を昭和四五年四月一日に施行される入社式に行なう予定にしていたため、それまでにはこれらを行なつていない事実を認めることができる。そして<証拠>によると、近畿電通局が昭和四四年八月に行なつた社員募集の案内によると、職種の作業内容、身分、勤務時間、週休日、給与、昇進等労働条件に関する一応の基準が記載されているが、右は応募者が応募するについての便宜を慮つてその資料を列記したものにほかならず、応募者の個別的事由に則つて決定される労働契約上の諸条件については明示がなされていなかつた事実を認めることができる。
(二) 右事実関係に対する法律上の評価
1 右事実関係によると、公社は昭和四四年一一月八日公社の公募に応じてその選考に合格した申請人に対し、公募の際に提示した労働条件に関する一応の基準に加え、個別的事情によつて決定すべき配置、職種等を明らかにしたうえ、就労の始期を定め、更に右期日前に行なう再度の健康診断に異常があつたことを解除条件として見習社員契約締結の申込をしたのに対し、申請人は求めに応じて貸与被服号型報告表を提出するなどして右申込に応ずる意思のあることを表明した後、昭和四五年三月四日大阪市中央公会堂において開かれた入社懇談会に出席して公社の事業内容等の説明を聴き、同日午後健康診断を受け、更に特別面接を受けることによつて確定的に右申込を承諾し公社で稼働する意思を表明したものと解することができるのであつて、その時点において右健康診断の結果について後日異常が判明した場合これを解除条件とし同年四月一日を就労の始期とする見習社員契約が後記3の(4)の労働条件を内容として成立したものと認めることができる。
2 申請人は、申請人が公社の社員公募に応ずることによつて労働契約締結の申込があり、公社が採用通知を出すことによつて前記健康診断の結果異常が認められることを解除条件とする始期付労働契約が成立した旨主張するので判断するに、応募はすでに認定のとおり、公社において応募者である申請人に対し試験選考を実施しその採否について広範な選択権を有する一方、申請人も受験の放棄を始めとする応募の撤回の自由を有し、それ自体に何らの拘束力をも課していないことからすると、これを以て見習社員契約の申込と解することはできない。また、公社のなした採用通知もすでに認定したとおり、もし申請人において入社を辞退するような場合にはすみやかに公社に対し連絡することを要望してなされており、これによつて申請人を拘束するものではなく、右通知に応ずるか否かを申請人の選択に委ねていることからすると、これによつて申請人との間に見習社員契約を成立させ、公社と申請人の双方に右契約に基づく権利義務関係を発生させる承諾の意思表示と解することはできない。したがつて前記認定の事実関係に基づく以上、見習社員契約成立の時期に関する申請人の主張は採用できない。
3 次に、被申請人は、公社の申請人に対する採用通知によつて申請人との間に見習社員契約の予約が成立したものにすぎないとし、その理由というべきものを主張するので、以下これらの点について順次判断する。
(1) まず、被申請人は、公社の申請人に対する採用通知には申請人について見習社員としての拘束力を認めていないので、これによつて見習社員契約が成立するものではなく、その予約が成立しているにすぎない旨主張する部分があるので考えるに、右通知によつて公社と申請人との間に見習社員契約が成立したものでないことはすでに判断したとおりであるが、一方これによつてその予約が成立したものと認めることもできない。元来、予約もその成立によつて当事者に対しそれなりの拘束力を課することにより始めてその実効性を有するものであるところ、すでに認定した事実によると、右通知は申請人を何ら拘束しようとするものでないことが明らかであるから、これを以てしては予約の成立も認めることはできない。したがつて被申請人のこの点に関する主張は理由がない。
(2) 次に、被申請人は、申請人は昭和四五年四月一日所定の手続を経たうえ同日以降就労の義務が発生するのであつて、それ以前においては何ら就労の義務を負わないのであるから、同日以前に公社と申請人との間に権利義務関係が発生したとしてもそれは労働契約の予約にすぎない旨主張する部分があるので考えるに、すでに認定のとおり申請人は昭和四五年四月一日以降でないと就労の義務を負わないことは明らかである。しかしながら労働契約は諾成契約であつて、当事者間に特段の合意がない以上、就労を契約成立の要件とするものではないから、就労という契約の履行を後日定めて契約関係が成立したとしても、そのことを理由にこれを労働契約の予約と解しなければならないものではない。もつとも労働契約は労働者の提供する労働と使用者の支払う報酬とを対価関係にかからせる双務契約であるから、労働者の義務の履行である就労は通常右契約締結と同時またはこれに近接した日時から始まるものであり、それが余りに離れた日時から始まる場合には、その開始の前に改めて労使双方の間において労働契約が締結されるべきものであつて、それより前になされた契約関係は労働契約の予約にすぎないとの推定を受けることがあるにとどまるものというべきである。したがつて右契約締結の経過、その内容等によつて労働契約締結の意思が明確である場合においては、就労が後日から開始されるからといつてこれを予約と解さなければならないものではない。本件において申請人と公社との労働契約を締結するに当り、就労をその成立の要件とする旨の合意があつたものと認められず、また右契約関係が不明確で前記推定を受けるべきものとも認められないので、就労日が後日に定められているからといつて、これを理由に申請人と公社との間の契約関係を労働契約の予約と解すべき理由はない。したがつて被申請人のこの点に関する主張も理由がない。
(3) 次に、被申請人は、公社が見習社員を採用する場合採用内定者を決定通知した後、入社懇談会、健康診断、職場見学を実施するだけでなく、四月に入社式を行ない、見習社員の辞令書を交付し身元保証書、誓約書を徴することによつて採用手続を終了し、ここに採用内定者との間に見習社員契約が成立するものであるところ、本件においては入社式以降の手続が未了であるので、その段階における公社と申請人との間の関係は見習社員契約の予約にすぎない旨主張する部分があるので考えるに、すでに認定したとおり、公社は申請人に対し昭和四四年一一月八日付で採用通知を出した後昭和四五年二月上旬入社懇談会への出席を求めたので、申請人は同年三月四日同会に出席して公社の事業内容等の説明を聴き、同日午後近畿電通局医務室において健康診断を受け、更に特別面接を受けているだけでなく、その後同局大阪北地区管理部長は同月中旬申請人に対し入社前教育の一環として池田電報電話局について職場見学をさせているのであるが、公社が見習社員を雇用するについては「準職員の雇用等に関する取扱について」という職員局長の通達に基づいて行なわれ、それによると、見習社員に雇用することが決定した者に対しては、就業規則その他必要と認める公社の諸規定を提示し、これを説明のうえ、誓約書、身元保証書、戸籍謄本または抄本、その他必要な書類を提出させ辞令書を交付する旨定められているところ、公社は第二次試験の際申請人に対し戸籍抄本その他出身高校の卒業証明書、同成績証明書、健康診断書等の提出を求め、申請人からこれを受取つているものの、誓約書、身元保証書については採用通知の際その用紙を同封し所定事項を記載のうえ別途通知する懇談場に持参するよう求めたのに対し、申請人において同会に出席する際これを怠つたため、その提出を受けておらず、また就業規則その他公社の諸規定の提示説明および辞令書の交付も同年四月一日に行なう予定であつたため、申請人についてはこれらが行なわれていない事実が明らかである。そして右事実によると、公社の申請人に対する採用手続は同日を以て終了することとなつていたものと解することができる。ところで、労働契約はその性質上、内容を明確にして疑義を生じないようにするため、当事者間の合意に基づき採用に関する一切の手続の終了を以てその成立の時期とする場合が多いものと一応いうことができるが、一方、当事者の意思いかんによつては右手続未了の間のある時期を以てその成立の時期とする場合のあることはいうまでもない。元来、労働契約の成立はそれが要式行為でない以上、これをある事実にかかわらせなければならないといつた性質のものでなく、当事者間の合意によつて任意にその時期を定めることができるものである。本件において公社は前記のとおり、いまだ申請人に対し就業規則その他必要と認める公社の諸規定の提示説明を行なわず、身元保証書等の提出も受けておらず、辞令書の交付もしていないのであるが、これら諸手続の完了が公社と申請人との間の見習社員契約成立の前提となるというような論理的関係も認められないし、またこのことが右契約成立の要件となつていたものとも認められないから、右手続の未了を以て右契約の成立を否定し、予約が成立しているものにすぎないとする根拠とはなし得ない。したがつて被申請人のこの点に関する主張も理由がない。
(4) 次に、被申請人は、公社の社員募集案内は事実上の案内で、申請人の労働条件が明確になつているものではなく、また申請人に対してなした採用通知も労働契約の重要な要素である具体的労働条件としての給与、勤務時間、勤務場所、休暇、昇進等を明らかにしてなく、これら労働条件については昭和四五年四月一日辞令書交付の際にようやく明らかになることからすると、同日以前に公社と申請人との間に何らかの法律関係が生じたとしても、それは見習社員契約の予約にすぎないのであつて本契約ではない旨主張する部分があるので考えるに、すでに認定の事実によると、公社の近畿電通局が昭和四四年八月に行なつた社員募集の案内中には、職種の作業内容、身分、勤務時間、週休日、給与、昇進等労働条件に関する一応の基準が記載されていたにすぎないが、後に公社から申請人に対してなされた採用通知中には勤務場所として大阪北地区管理部に仮に配置し別途管内の通勤可能な局所に配置すること、採用職種は機械職とし、身分は見習社員とする旨の記載がなされていたことが明らかである。そして右事実によると、公社は募集の際に提示した労働条件に関する一応の基準のうち応募者の個別的事由によつて個別化する必要のないものについてはそのまま労働条件とし、個別化する必要のある配置、職種等についてはこれを個別化して労働条件を定め、申請人との間に見習社員契約を締結したものと認めることができる。なお、前顕甲第二号証および証人宮崎泰吉の証言によると、給与については右募集案内中には、高校卒男女とも一カ月金二万六、〇〇〇円程度と記載されているが、高校卒の男女については特殊な場合以外右金額で決定するものであり、また現実にベースアップ分が機械的に加算される以外はほとんどそのとおり決定している事実が認められるところ、申請人については給与の決定に関し高校卒の男子であることに付加して特別に考慮すべき事情も認められないので、公社の特段の意思表示なくして右金額を以て給与と定められていたものと認めることができる。また、勤務場所については本件見習社員契約がこれを特定の局所に限定して締結されるべきものであるものとは認められず、ある程度の地域的範囲内において合意のうえ、その具体的な場所を指定する権限は公社に委ねていたものと認めることができるのであるから、本件契約について労働条件としての勤務場所は前記のとおり定められるを以て足るものと解することができる。してみると、公社と申請人との間の見習社員契約についての労働条件は公社の採用通知に対し申請人においてこれを承諾する旨の意思を確定的に表明し右契約が成立したものと認められる昭和四五年三月四日にはその成立に必要な限度において定まつていたものと解することができる。したがつて被申請人のこの点に関する主張も理由がない。
二、公社の申請人に対する採用取消の効力について
(一) 事実関係
1 申請人本人尋問の結果によると、申請人は昭和四三年高校を卒業して後豊能地区反戦青年委員会の構成員となつたこと、および昭和四四年一〇月三一日午後九時頃大阪鉄道管理局前において国鉄労働組合、動力車労働組合の機関助士廃止反対の集会に同反戦青年委員会所属の一員として参加し、場所を変えるよめ約五〇名の集団を指揮して車道に出てシュプレヒコールをしながら若干の移動をなした際、無届デモとして待機中の警察機動隊の規制を受けたこと等の事実を認めることができる。そして右行為によつて申請人が道路交通法七七条、大阪市公安条例違反の現行犯として逮捕され、同年一二月一一日起訴猶予処分となつたことは当事者間に争いがない。
2 申請人本人尋問の結果によると、申請人は昭和四五年三月一五日万国博覧会々場中央口駅において反戦青年委員会所属の一員として安保万博粉砕共闘会議主催のデモおよび座り込み集会に参加し、その際申請人は含まれなかつたが、六七名が不退去および威力業務妨害等の罪名で逮捕され、うち約四〇名について勾留請求がなされたところ、氏名等を黙秘した二名を除いてその余の全員について右請求が却下された事実を認めることができる。
3 <証拠>によると、公社職員のうち反戦青年委員会系の派閥の一つである共産主義者同盟(ブント)に所属する青年労働者の一部は昭和四四年一〇月三日大阪中央電報局において安保粉砕沖繩奪還の政治スローガンを掲げ、マツセンストと称して玄関前に座り込み無期限ストに入つたが、同月一四日近畿電通局において右スト参加者中二名を業務妨害の理由で懲戒解雇にするや、同月一七日右両名は大阪中央電報局六局の労務課第二室をバリケード封鎖し、窓から「中電マツセンスト貫徹、北大阪制圧、中央権力闘争貫徹」、「労務封鎖中」等と記載した垂幕や反戦の赤旗をつるし、また他の一名は同月二〇日同局屋上で火炎びんを投下し、次いで公社の職員らしい者を含む五名の男女は同年一一月一三日火炎びん様のものを所持して同局に乱入し、更に近畿電通浜管内の過激派反戦グループに属すると考えられる者らは昭和四五年一月二八日佐藤首相の訪米阻止闘争に参加し京浜蒲田駅で逮捕された公社職員について懲戒解雇者が出たことに抗議して大阪市外電話局に火炎びん様のものを投入して窓ガラスを破損するとともに局舎内でこれを炎上させ、和泉電報電話局においても火炎びん様のもので裏門の鉄製扉を焦がすといつたような事件を起こし、これら一連の行為によつて公社は職場の安全と秩序を阻害され、その業務の遂行に著しい支障を生じた事実を認めることができる。
4 <証拠>によると、近畿電通局は申請人に対する採用通知前その素行、家庭環境等について一応の調査を行なつたのであるが、別段問題となるような事実を見出すことができなかつたので、本件採用通知を出したところ、その後申請人が反戦系のグループに属しているという情報を入手した。そこで同局長は申請人の住所地を管轄する箕面電報電話局長に対し申請人についての特別調査を命じた結果、昭和四五年一月二〇日同局庶務課長名義の調査報告書を受領したのであるが、これによると池田箕面地区では昭和四三年四月一〇日反戦準備委員会が結成され、同月一七日池田市立労働会館で池田箕面地区反青年委員会の発足をみたものにして、申請人は準備会結成当時からその役員的地位にあつて活躍し、現在豊能地区反戦青年委員会の構成員であるとの事実が記載されていた。当時近畿電通局ではその管内の局所において前記のとおり反戦青年委員会系の職員による過激な越軌行為が頻発していたが、公社側においては同会の性格および実態について正確な情報収集に基づく認識によることなく、新聞紙上その他によつて報道されるところにしたがつて極めて常識的にこれを理解していたところから、申請人が同会に所属する事実を知るに及び、将来申請人を職員として採用した場合、公社内の反戦グループの一員となつて過激な越軌行為をなす可能性が極めて強いものと考えその事態の発生を憂慮した。しかしながら、近畿電通局では申請人が反戦青年委員会に所属するということ自体は思想、信条および結社の自由にかかわる問題であるから、これを軽々に処理することはできないものと考え、採用通知後の手続である入社懇談会には申請人を出席させることとし、大阪北地区管理部長をして昭和四五年二月上旬申請人に対し同年三月四日大阪市中央公会堂で開催する同会への案内状を出させ、同会に出席した申請人に対し特別面接を実施し、その言動について詳細な調査をなすべきことを命じた。そこで同部長は同部庶務課長、労務厚生課長外一名をして申請人に対し自由に発言させるための方法として出席者の中から無作為に抽出した二名を同席させたうえ、特別面接を行なわせ、申請人との問答を通じてその言動を詳しく観察させたが、特に注意すべき言動を見出し得なかつた。同局では右調査とは別に職員部の調査員および任用係長の両名に対し申請人の行動について詳細な調査を命じていたところ、同月六日右両名によつて前記1の事実が報告され、その事実を知るに至つたが、公社としては申請人が単に反戦青年委員会に所属するというだけでなく、起訴猶予処分になつているとはいえこれに関連して法律違反の具体的な越軌行為がある以上、公社の職員として稼働させた場合、当時前記3のとおり近畿電通局管内の局所で過激な越軌行為を繰り返していた反戦グループに同調して職場の秩序が乱され業務を阻害される明白かつ現実的な危険があるものと判断し、その頃すでに採用を取消す方向に傾いていたが、その決断を遷延する間に就労日である同年四月一日も迫つたので、同年三月二〇日に至り近畿電通局長名義を以て申請人に対し採用の取消を通告した(右通告の事実は当事者間に争いがない。)事実を認めることができる。
(二) 右事実関係に対する評価
以上の事実から考えると、申請人と公社との間に成立している契約関係は見習社員としての解除条件付、始期付労働契約であるものと認められるから、公社が右条件成就の場合を除いて申請人から右契約上の地位を奪うことは解雇にほかならないところ、<証拠>によると、継続雇用期間が四カ月以内でいまだ職員としての適格性の認定を受けていない見習社員についての解雇(免職)事由は公社準職員就業規則五八条に定められ、それによると、(1)三カ月を限度とする病気休暇の期間を経過してもなおその理由が消滅しないとき、(2)勤務成績がよくないとき、(3)心身の故障のため職務の遂行に支障があり、またはこれに堪えないとき、(4)禁治産者または準禁治産者となつたとき、(5)刑事々件に関し起訴されたとき、(6)職員としての適格性を欠くとき、(7)業務量の減少その他経営上やむを得ない理由を生じたとき、となつている事実を認めることができ、またすでに認定したところによると、申請人は公社から採用内定取消の名目で労働契約を解約された当時いまだ就労の始期が到来していなかつたのであるから、前記継続雇用期間が四カ月以内で職員としての適格性の認定を受けていない見習社員としての地位にあつたものと認めることができる。したがつて公社が申請人との間の労働契約を解約するについては前記就業規則五八条所定の事由がなければならないが、もし右事由の一つである職員としての不適格性、換言すれば職員とするにふさわしくないと判断される正当な事由、即ち労働力の質の評価に著しい変更を生ぜしめるような事由を発見した場合には公社はその解約をなし得るものと解すべきところ、被申請人は申請人については右事由があるとし前記(一)の1ないし3に関連した主張をするので、以下この点について順次判断する。
1 豊能地区反戦青年委員会に所属する点について
申請人が豊能地区反戦青年委員会に所属することは前記(一)の1のとおりである。ところで<証拠>によると、同委員会は政治的な主義主張を完徹するために結成された団体であるものと認めることができるので、申請人においてこれに基づく特段の行動がない以上、右団体に所属することだけを理由に公社が申請人を職員とするにふさわしくないとして採用内定取消の名目で申請人との間の見習社員契約を解約したものであるとすれば、それはまさしく申請人の政治的な信条を理由として差別的取扱をしたものと解することができる。ところで憲法一四条によると、国民は信条によつて社会的関係において差別されないものと規定され、また労働基準法三条によると、使用者は労働者の信条を理由として労働条件について差別してはならないものと規定され右条件には解約をも含むものと解すべきであるところから、公社が申請人について反戦青年委員会への加入を理由に申請人との間の見習社員契約を解約したものであるとすれば、右は憲法一四条、労働基準法三条に基づく公序に違反するもので民法九〇条によつて無効というべきである。してみると、これを以て公社が申請人について前記解約事由の一つである公社の職員とするにふさわしくない事由のある場合に当るとしたことはその評価を誤つたものといわなければならない。
2 道路交通法七七条、大阪市公安条例違反の現行犯として逮捕され起訴猶予処分となつた点について
申請人が昭和四四年一〇月三一日午後九時頃大阪鉄道管理局前において国鉄労働組合、動力車労働組合の機関助士廃止反対の集会に豊能地区反戦青年委員会所属の一員として参加した際、約五〇名の集団を指揮して車道に出てシュプレヒコールをしながら若干の移動をした行為について待機中の警察機動隊から無届デモとしての規制を受け、道路交通法七七条、大阪市公安条例違反の現行犯として逮捕され、同年一二月一一日起訴猶予処分となつたことは前記(一)の1のとおりである。ところで右事実によると、申請人の行為については可罰的違法性の観点から犯罪の成立を即断し得ないものと考えられる余地があるが、仮に右各取締法規に違反し犯罪が成立するものと認めることができるとしても、右は申請人が一市民として国鉄の機関助士廃止問題について組合側の主張に賛同し、これを支援するためその意思を表現する手段として集会に参加した際のものであつて、純然たる私生活の領域において惹起されたものであるから、申請人が公社の職員としてその職務遂行の適格性についての評価とは一応かかわりのないものと認めることができる。もつとも、公社が公衆電気通信事業の合理的かつ能率的な経営の体制を確立し、公衆電気通信設備の整備および拡充を促進し、ならびに電気通信による国民の利便を確保することによつて、公共の福祉を増進することを目的として設立された法人であつて(日本電信電話公社法一条)、公益性の著しく強いものであるところから、その職員に対しては一般の私企業の従業員に比べて高度の遵法的態度が要求されるものということができ、その観点からすると、いかに私生活の領域においてとはいえ、いやしくも法令に違反する行為があつたとすれば、職員としての適格性を欠くものとの評価を免れないと考えられる余地がある。しかしながら右は違法行為の性質および程度、更には当該職員の地位、職務内容等に則して考えるべきものであり、これを無視して一律に定められるべきものではない。これを本件についてみるに、公社が申請人の前記集会への参加自体を以て公社の職員としてふさわしくない行為であるものとするならば格別、むしろ右集会に参加して自己の主張を表現する市民的権利について正当な理解を示すものであるとするならば、その際これに付随して仮に違法な行為があつたとしても、それが単なる取締法規の違反に止まるものであり、しかも起訴猶予処分として処理された程度に軽微であつたこと、そして更に申請人が当面管理的色彩の全くない末端の機械的労働に従事することを予定されていた者であること等を考慮するとき、これを以て申請人を公社の職員としてふさわしくない者とすることは正当な評価とは認められない。
3 安保万博粉砕共闘会議主催のデモおよび座り込みに参加した点について
申請人が昭和四五年三月一五日万国博覧会々場中央口駅において反戦青年委員会所属の一員として安保万博粉砕共闘会議主催のデモおよび座り込みに参加し、その際申請人は含まれなかつたが、六七名が不退去および威力業務妨害等の罪名で逮捕されたことは前記(一)の2のとおりである。ところで右事実によると申請人については犯罪の成否は明らかでない。仮に犯罪が成立するとしても、右は申請人が一市民として万国博開催について安保万博粉砕共闘会議の主張に賛同し、その意思を表現する手段として右集会に参加したことによるものであつて、前同様純然たる私生活の領域において惹起されたもので、しかも申請人が逮捕さえ免れていることからすると右犯罪にかかわつている程度は低く、もとより起訴された事実も認められないこと等からして、前記2と同じ理由により、これを以て申請人を公社の職員としてふさわしくない者とすることは正当な評価とは認められない。更に、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認めることができる乙第三号証によると、申請人の右行為は、申請人が昭和四五年三月二〇日公社から採用取消の通知を受けた際、申請人において右取消は右行為によるものと推測し同月三〇日逓信記者クラブにこのことを知らせ、同クラブから公社に対しその照会がなされたことから公社に判明したものである事実が認められ、公社は申請人に対し右採用取消を通知した時点において右事実を認識してなく、したがつて右取消の事由として考慮していなかつたことは明らかである。ところで公社は右取消に当り申請人に対しその事由を表示することは必要でないとしても、右事由がすでに発生しかつこれを認識していることは必要であるものというべきであるから、右取消後にたまたま認識するに至つた右事実を以て本件採用取消の事由として付加し主張することは相当でない。
4 公社内で越軌行為を繰り返している反戦グループと同じく反戦青年委員会に所属している点について
公社職員のうち反戦青年委員会系の派閥の一つである共産主義者同盟に所属する青年労働者の一部が昭和四四年一〇月三日大阪中央電報局において政治スローガンを掲げ、マツセンストと称して玄関前に座り込み、同月一七日同局六階の労務課をバリケード封鎖し、窓から垂幕や反戦の赤旗をつるし、また同月二〇日同局屋上で火炎びんを投下し、次いで公社の職員らしい者を含む五名の男女が同年一一月一三日火炎びん様のものを所持して同局に乱入し、更に近畿電通局管内の過激派反戦グループに属するものと考えられる者らが昭和四五年一月二八日佐藤首相の訪米阻止闘争に参加し京浜蒲田駅で逮捕された公社職員について懲戒解雇者が出たことに抗議して大阪市外電話局、和泉電報電話局等において火炎びん様のものを投入するといつたような事件を起こし、これら一連の行為によつて公社の職場の安全と秩序を阻害され、その業務の遂行に著しい支障を生じたことは前記(一)の3のとおりである。ところで被申請人は、申請人が公社内で右のような行為を繰り返している者らの所属している団体と同じ団体である豊能地区反戦青年委員会の幹部で自らもすでに述べたとおり無届デモや座り込みに参加するなどの越軌行為を行なつているので、このような者を公社の職員として採用するときは職場内部の規律を乱し業務を阻害するとともに公社に対する国民一般の不信を招く恐れがあるので見習社員として採用するのはふさわしくない旨主張するのであるが、まず、公社内で業務阻害行為を繰り返していた者らの所属する団体が公社内で組織された反戦青年委員会の一派閥であり、申請人の所属する団体が豊能地区反戦青年委員会であることはすでに認定した事実から明らかであるところ、<証拠>によると、反戦青年委員会は昭和四〇年八月に発足したもので、その当時は一応全国反戦(団体加盟)の下に地区反戦(団体、個人加盟の併用)があり、統制された組織の態をなしていたが、昭和四一年秋以降急進派政治団体の浸透によつて分派を繰り返し、各派閥間において反戦派の奪い合い潰し合いが行なわれた結果、実質的な統一指導部を欠く不確定組織の総称にすぎなくなつているもので、反戦青年委員会といつてもその派によつて戦術差があり、必ずしも過激度は一様でない事実が認められるところ、公社内の右反戦派と申請人の所属する派とが同一組織ないしは派閥に属するとの点についての疎明はないのであるから、公社内の反戦派によつて業務阻害行為が行なわれたからといつて、申請人が同じ反戦青年委員会という名称をもつにすぎない豊能地区反戦青年委員会に所属するということを理由に、申請人を公社の職員として雇用した場合、申請人によつて同じく業務阻害行為がなされるであろうとすることは不当な類推であり、このような類推によつて申請人を公社の職員としてふさわしくない者とすることはとうてい正当な評価とは認められない。
以上のとおり、すでに認定した事実を以てしては申請人を公社の職員として不適格であるものと認めることはできないので、右事実に基づく本件採用取消、即ち見習社員契約の解約は、就業規則所定の解約(免職)事由に該当しないにもかかわらずなされたものにほかならないから、右は結局右規則の適用を誤つたもので無効というべきである。
三、必要性について
してみると、申請人と公社との間には昭和四五年三月四日以降見習社員契約が存在していること、および申請人は就労の始期である同年四月一日以降就労を拒否されることにより公社に対し毎月末日限り一カ月金二万六、〇〇〇円の割合による賃金の請求権を有するものと一応認められるところ、申請人本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、申請人は賃金を唯一の収入として生活を維持する労働者であり、同日以降公社において稼働して賃金を得ることを予定して生活の計画を立てていたところ、本件採用取消の意思表示によつてその計画を覆され生活の手段を失う結果となつており、本案判決の確定を待つていては回復し難い損害を蒙ることが疎明されるので、右確定に至るまで右意思表示の効力を仮に停止し、前記賃金の仮払を命ずる必要性があるものと認めることができる。
四、むすび
以上のとおりであるから、本案判決の確定に至るまで、公社が申請人に対してなした昭和四五年三月二〇日付採用内定取消の意思表示についてその効力を仮に停止し、公社に対し同年四月一日以降毎月末日限り一カ月金二万六、〇〇〇円の割合による金員の仮払を求める申請人の本件申請は理由があるので、保証を立てさせないでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(高田政彦 川畑耕平 中根与志博)